おじいちゃんの言ってくれた言葉

私は2年ほど東京に住んでいました。地方からなぜ東京に行ったのかというとただ単純に都会の波にうもれたかったからです。都会でもたくましくやっていく力をつけたかったからです。東京に住むのはお金がかかります。予想していた何倍ものお金がかかりました。私は都会で生きていくために必死に仕事をしました。休みの日は買い物に行ったり適当に街をぶらぶらしたりしてそれなりの息抜きはできていましたが、親友も信頼できる人もいなくてどこかいつも寂しかったです。辛いとき悲しいときは一人でよく泣きました。都会の街並みを見ながら夜たくさん泣いた日もありました。家族は元気かな、友達は今なにしてるかな、相談事をしたいけどこっちのことを一から説明するのは時間がかかるから実家に帰ったときいっぱい話そうとかいろいろ考えた日もありました。もちろん楽しいこともありました。私は外国人たちとシェアハウスをしていたので外国の友達がたくさんいます。その分たくさんの刺激をうけてそれはそれでとても楽しかったです。2年くらいたったので、そろそろ帰ろうかなと思い、実家のほうに帰ることを両親に伝えました。元々長期滞在の予定ではなかったので、家族も私の帰省を喜んでいました。引越しも完了して東京ともさよならをして実家で家族と過ごして、友達ともたくさん遊びました。まる2年ぶりくらいにおじいちゃんとおばあちゃんの家にも遊びにいきました。東京にいるとき一度も連絡をとらなかった自分を責めました。私のことをすごく心配してくれていました。東京にいたとき3キロ痩せました。私はもともと痩せ型なので実家に帰ったときはガリガリでした。ピューレパールで恥ずかしいVラインの黒ずみを徹底的に治そう体のことも心配してくれたり、お金は大丈夫だったか聞いてくれたり、よく一人で2年間頑張ったなと、いろんな言葉をかけてくれました。そのときおじいちゃんがポツリと私に言ってきたのが『お前の帰る場所は実家だけれど、じいちゃんやばあちゃんちもお前の実家でもあるんだぞ』という言葉でした。私は今までこらえてきた涙が溢れ出しました。東京で辛かったこと、頑張ったこと、具合が悪くなってしんどかったこと、全部全部おじいちゃんに吐き出しました。遠方に行った孫をこんなにも心配してくれて、私の帰る場所はここにもあると言ってもらえて、私は本当に幸せ者だと感じました。おじいちゃんもおばあちゃんももう高齢です。私にできることは何か、多分それはおじいちゃんたちと同じ時間を楽しく過ごすことだと思っています。これからもっと頻繁におじいちゃんちに遊びに行ってたまにはどこか空気のおいしいところに連れていってあげたいと思います。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。(スパム対策)